セツミ15才までの経緯

1996年6月 セツミ、中学1年の春。最初の入院。
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6月。中学に入ってすぐの頃。
来月から始まる、水泳用の水着を注文した翌日。

その時、初めて入院ってのを経験した。
一学期の中間テストの少し前、降り始めた雨が、やけに冷たい日だった。


秋を迎え、冬を越し、入院、退院、通院。そしてまた入院を繰り返し。

かつて友達と呼んでいたクラスメイトは、いつしか知り合いへと変わった。
そして、他人へと変わった。
季節を重ねる毎に、彼等の記憶からわたしは消えたようだった。

どうやら、”良い気がしない”らしい。
普通に生きている人にとって、わたしの存在ってのは。
だから、消されたようだった。


幾つもの季節を、白い梅雨空を、誰とも言葉を交わす必要もなく過ごした。
わたしの英語の教科書は、1年生の中間テスト以降、まっさらな状態だった。
そこで、わたしの時間も止まったらしい。
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1999年初夏、相変わらず入退院を繰り返すセツミ。
こうして、この3年の間に彼女は多くのモノを失った。

彼女の父と母、そしてセツミの一家はこの春、住み慣れた家を手放し、
病院にほど近いアパートに移り住んでくる。
父親の勤め先へは片道2時間の場所であると同時に、病院へは歩いて3分の場所。
そして母親はパートに出るようになる。
こんな状況は説明するまでもなく、誰でも理解できる、理解できてしまう(と思う)。
もちろんセツミにも理解できていた。

そして、この3年をかけて離れていったかつての友人、クラスメートたちとは対照的に、
セツミへの愛情をより際立たせようとする両親たちに彼女は…

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そんなボロくて狭いアパートを前にしてお父さんは、
『ここは空気が良くて気持ちいいな』
そう言って、笑った。
お母さんも同じように笑ってみせてくれた。

身体に障るだろうと、わたしの部屋につけてくれたクーラー。
もちろん他の部屋にクーラーはなかった。

パートに出るようになったお母さんは、よく残り物だと言って、コロッケやポテトを持って帰ってくれた。
狭い部屋の中、一緒に食べた。いつも嬉しそうに笑ってくれた。

とても……辛かった。

それらの気遣いが、たまらなく辛かった。
有り難い、嬉しいよりも申し訳ない気持ちで一杯だった。

”お前のせいだ”

「きっと、そう言って欲しかったのかも知れない」

もっとなじって欲しかった、優しくされるのが辛い。
どうにもならない自分自身に苛立ちが募り、怒りすら覚えた。

もし、神さまが居るのならば、早く治して欲しいと思った。
それが無理ならば、今すぐ死なせて欲しいとさえ思った。

こんな時こそ、わたしも笑顔を向け、明るく振舞うべきかも知れないけど。
本当はあまり好きじゃなかったポテトを、黙って食べるくらいしか出来なかった。
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1999年夏。梅雨が明けて何度目かの退院をした頃。

セツミにとっての退院とは、次の入院までの長い通院生活の始まりを意味する。

炎天下。病院に向かう途中にある小学校の校庭で、かつての『日常』を垣間見る彼女。
その日常の風景を見て、かつて僅かな期間着ていた制服に着替えるセツミ。

パジャマ以外の服を着ることがなくなり、この僅かな距離の通院でさえ着替えることがない彼女にしてみれば、
かつての制服に着替えるのは、ある意味まだ揺れているからなのかも知れない。
すべてを諦めなければならないと思い込む気持ちと、かつてのクラスメートが普段通りに過ごす、
ごく普通の生活への憧れの狭間で。

OPムービーにこんなコメントが載っている。

『まだわたしは・・・諦めと未練の、狭間にいるらしい』

これはセツミの心情を示すものであるのと同時に姫子のこころも映している(と思われる)。


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目の前に並ぶ、小さな子供用の鉄棒。

わたしはそこへと手を伸ばすと、腕に力を入れ、思いっきり引きながら大地を蹴る。

一瞬だけ宙に浮いたような感覚から、くるりと回る身体。

「まだ大丈夫」

何故かそんな呟きをこぼしながら、鉄棒の上から見た景色。

既に体重を支えることに震え始めた腕で、わたしは”今”を感じていた。

どうして、突然こんなことをやりたいと思ったのだろうか。

その厳密な理由は自分でも分からない。

今では、パジャマ以外の服を着ることがなくなり、またその必要に迫られることもなくなった。
それを寂しいと思ったのか。
それとも、自らの体力がまだ大丈夫だと確信したかったのか。

恐らくわたしは、まだ揺れているのだろう。

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