地図
このエピソードは、姫子とセツミが知り合った直後のことです。
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白い廊下を進み、通い慣れた姫子さんの病室へと向かう。
コンコン
「入るわよ」
そして、恐らくは待っていただろう姫子さんの元へと。
本…だろうか?
ベッドの上に広げた、薄い冊子を見つめる姫子さん。
それが何であるかまでは分からないけど、その様子はいつもの明るい表情と違っていた。
「ねえ…なに見てるの?」
「地図よ」
「地図?」
それだけを答えると、再びページへと視線を戻す。
それは、今までに見たこともないような、寂しそうな、それでいてどこか穏やかな表情だった。
「…面白い?」
「別に…つまらないわ」
言葉ではそう返すが、顔はこちらに向けない。
そして、つまらないと言いながらでも、じっと寂しそうに見つめ続けていた。
だったら見なければ良いのに。
そう思いながらわたしも、同じように見つめる。
ベッドの上に広げた、どこかの地図。
そこには何本かの大きな幹線道路。名も知れぬ場所。
ずっと眺めつづける姫子さんには悪いけど、わたしには、この行為が楽しいとは思えなかった。
「…退屈でしょう?」
「……………」
「うふふ、いいのよ、私だってつまらないと思うもの」
「…じゃあ、どうして見てるの?」
「さあ、どうしてだろうね…」
そう答えながらでも、姫子さんはずっと見続けていた。
姫子さん自身にも、理由が分からないなら、このわたしに分かる訳がない。
そんなことを考え、暫くそのままでいたかと思うと…ぽつりと呟いた。
「でもね…まだあなたには必要ないモノよ」
「…それは…いつか必要になるってこと?」
「さあ、それもあなた次第かしら」
時折、わたしの考えを、見透かしたようなことを言う姫子さん。
まるで禅問答のような言葉を、突然投げることだってある。
それが何を指すのか分からないけど。でも何故か、わたしには、頷けてしまうことが多かった。
「ねえ、セツミ知ってた?
もしどこか行きたい場所があったとして。どれだけの予算があれば足りると思う?」
「わからないわ」
突然の質問にわたしは正直に答える。今まで、そんなこと考えたこともなかった。
「私の計算によるとね。5万円よ」
「そんなに?」
「ううん、そう考えちゃダメよ。逆にいえば、それだけあれば、日本中どこだって行けるってことよ」
その金額を聞いても、わたしにはピンとこない。
また、こんなことをわたしに聞かせる意図も見えない。
ただ、それは姫子さんにとって、どこか行きたい場所があるって意味なのだろうか?
また、いつかわたしにも。そんな場所が生まれると言いたいのだろうか…
「さて、んじゃまたアイスでも行きましょうか」
そう言って地図をたたむと立ち上がる。
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